歩き遍路のへんろ部とは … へんろ部のアレコレ

へんろ部部員紹介 レギュラー

遍路してた間に途中で偶然にも出会い、付かず離れず行動をともにした仲間。
彼らのおかげでしんどい時もリタイアせずに頑張れた。

はじめは各々一人行動が多かったが愛媛の後半から香川にいたるころには
集団行動が多くなり大感動のラストを迎えることになる。

最近ではたまにしか連絡を取らなくなったが
オレはとゆ〜とこの体験依頼、彼らのことが頭から離れたことはない。
(きっと、他の面子もそ〜であろ〜)

また遍路中はお互いの距離感がとても絶妙であったため
特にたいしたトラブルや喧嘩もなく、無事に終われたことは今思うととても不思議な感じがする。

なので、きっとまた誰かが動いたら連鎖反応で何かが起こるであろう!!

ぐんそ〜@神奈川 20代 ♂

このへんろ部部室のサイト管理人であり、へんろ部を勝手につくった創設者
遍路をするまではまさかこんなことになるとは夢にも思っていなかった!!

約30年生きてきて人生で一番エキサイティングな経験を遍路でしてしまって以来、
遍路のことが頭から離れず、実生活に戻ってからも歩きの生活観で物事を見るように
なってしまった。

遍路で知り合った以下のメンバーがあまりにも濃く意気投合してしまい、
遍路だけの付き合いにしておくのがとてももったいなく感じられて意を決して
愛媛の後半に「へんろ部」をひそかに結成する

へんろ部では写真を取り捲っていたため記録担当になる。
またほぼ毎日携帯で連絡を取っていたためにあべっちと同様に情報部の一員となる。
ちなみに遍路時の自称は「チャパツ(茶髪) ロンゲ」

ともやん@東京 20代 ♂

東京から深夜バスで四国入りした。
オレと同じ日に四国入りしたが時間が違ったせいで2日目に会うことになった。
同い年とゆ〜こともあり2日目以降、かなりの間一緒に行動することになる。

彼は国立大卒で理系嫌いの文系であったため理系のオレとはいろいろ話がぶつかったりもした
歩きながら、なんやかんやの議論をしたこともあった。

彼はへんろ部の中での唯一の区切り打ちで高知が終わった時点で帰省してしまった。
ちょっとそれが今でもここ残りだがそればっかりは仕方がない。

へんろが終わった後日、下に登場するオグりんとともに、彼の自宅に遊びに行った。

岡ちゃん@京都 20代 ♂

へんろ部の中で一番最初に四国入りした人物。後のへんろ部部長。
遍路はじめにサンダルで歩いていたために膝を壊してしまい
途方に暮れているところをMさん@香川に拾われ、Mさんちで療養することになる。

そこでほぼ、1週間滞在しその間毎日朝昼晩とMさんの息子さんと
将棋三昧であったとか(朝起きたら目の前に将棋盤が置かれていたんだそ〜な)。

またその息子さんが大のハマショー(浜田省吾)ファンとゆ〜ことで
ハマショー談義を延々と聞かされていたらしい。

オレとはともやんとともに2日目に会うことになる。3日目以降に離れては
一緒になるを繰り返す。
久々に高知で再会したり、はたまた愛媛ではオレの窮地を救ってくれた恩人。

前半は携帯の電源を切って一人で黙々と歩いていたが愛媛後半からは
へんろ部の部長に就任したのを気に本隊の指揮をとり団体行動をすることになる。

ちなみになんで部長になったかといえばメンバーの中で一番最初に四国入り
したことと彼の服に背番号が書いてあったから。で、その背番号は2番

遍路が終わってから四国に入るたびに何度か彼の家に遊びに行った。
また2周目の前にはテントを借りに行った。
それはそ〜といまだにそのテントは返していない。部長ごめんなさい。 m(__)m

オグりん@岡山 10代 ♂

3日目にお寺の境内でオレが一人で腐っていたときに暗がりの中から
突然現れてそして消えていった人物。

その翌日再会しそれ以降行動を共にする。更にその数日後、
道に迷ったため離れ離れになるがオレが動けないでいるときにまた再会する。

へんろ中盤、他の面子とは離れてなぞの行動をしていたが香川入りする前に
へんろ部となった本隊に合流。

最後の最後でまた別行動となるが最終日にあべっちの前に結願して感動の再会を果たす。

おそらく、へんろ部の中で一番成長したであろうと思われる人物

更に1周目が終わった直後に一時帰宅するもすぐに2周目突入。
へんろ部の同窓会には一般人としてではなく遍路として参加する
(同窓会のあと雑誌の取材に遭い写真が載った。)
その後、2周目は高知にて突然のリタイアをして帰宅。

帰宅後は学業に専念し大学を目指すことに、なお、高校中退の為、大検からの進学であったが
わずか数ヶ月で国立大に合格するとゆ〜快挙を成し遂げ、そのことで地元ではちょっとした
有名人になったとか。

あべっち@兵庫 20代 ♂

3日目の12番で一度会ってはいたが、きちんと話したのは
翌日の某所で一緒に泊まったとき。

5日目のあのとんでもない天候の中歩いた遍路仲間。
前半はへんろ部のメンバーと行動することが多かったが
松山以降はほぼ一人歩きで本隊とは数日遅れで行動した。
本隊とは最終日に感動の再会をする。

別行動の間、オレとはメールや電話で他のメンバーの動向やその日の行動を
まめに報告しあっていた。

また、岡ちゃんとは同じ関西出身とあってすぐに意気投合し高知に入った直後に
出会ってからは数日間行動を共にする。

遍路後半よりそれまでの功績が認められ情報部の"大佐"に昇進する

アニキ@福岡 40代 ♂

へんろ部最年長のおじさん。ところが見た目はバリバリの20代。
(オレもあべっちも実年齢を聞いてホントに驚いた。)
また遍路をトライアスロンの鍛錬として利用するとゆ〜強者。

へんろ部においては唯一のチャリ遍路で遍路経験者
あとで聞けば、その後にお互い会うであろうへんろ部のメンバーと
一日おきに会っておりその縁に驚く。
タッチャマン(9/18) → あべっち(9/19) → オレ(9/20昼) → たけぞー(9/20夜)

チャリ遍路であったため一緒に行動することはほとんどなかったが
気さくな人柄のためか出会って以降はマメに連絡をしていた。

なんどか途中戦線を離脱するも復帰し、持ち前の体力で一日100km強の工程を
連荘で走り倒し、不可能と思われたへんろ部の打ち上げにギリギリで合流
その自慢の脚力で他の面子を驚かす。

後日、アニキとは高野山で再会し一夜をともにする。

以降はなんどか区切りでチャリ遍路をする。
現在、遍路は引退を宣言しているも復帰が望まれている。

また遍路中に将来坊さんになると予言されたらしい
本人はかなりの女好きのためきっと相当なエロ坊主になることであろう。

たけぞー@福島 10代 ♂

某所で入れ違いになりオレとニアミスをした若き遍路さん。
その数日後、足を引きずりながら歩いているところを合流し、その後、行動を共にする。

パッと見は最近の若者風情でナンパもんの印象があるが実年齢とは似合わず、
かなり落ち着いている感じを受けた。

オグりんとは歳も近いせいかすぐに意気投合し一時オレと離れてからも
オグりんとは一緒に行動する。

寡黙であったが、はじけだすと笑い転げること多数あり。

のちにタッチャマンと意気投合し師弟関係を結ぶ
それ以降、最終日までタッチャマンと行動を共にした。

何故か2人用のテントを持ち歩いていたため
最終日(1番に向かう途中)の前日、野宿の際に彼のテントで一緒に寝る。

タッチャマン@香川 20代 ♂

へんろ部唯一の四国人
本隊の面子とは2日遅れでスタートするも健脚のおかけで追いつくことに。

オレとは歳格好が似ているせいもあってか、オレと間違えられたりもしたとか
温泉好きで途中の銭湯に彼の納め札を発見することもあった。

何度かおとずれたへんろ部の危機を彼のアイデアで救ってくれたこともあった。
また香川に入ってからは彼の庭とゆ〜こともあり、いろいろ情報を教えてもらった。

また彼がいてくれたおかげで最終日に打ち上げができた
これにはへんろ部一同、一生頭があがらないであろう。

後で彼の実家に遊びにいったところ、なんと83番の近くであった。
しかもへんろ道の1本裏通りに位置していた。

へんろからの縁で四国に行くたびに彼の家にお邪魔することになる。
またお互いのガンダム好きもあって、へんろ後にオレが衝動買いした
シャアザク 1/12モデル」はオレの実家ではなく彼の実家に搬送しそこで製作、
現在もそこで静かに鎮座している

まえちゃん@長野 10代 ♂

愛媛がほぼ終わる頃になって(結成日に)合流した最後の面子
荷物が軽いせいもあってかかなりの健脚。

それと中盤でへんろ部の間でうわさになる"めちゃくちゃかわいい彼女"と
直接会った
ことのある人物。

後半、6人行動が多くなるが最後の最後でオグりんと2人行動となり
遅れだすが、なんとか最終日に合流して感動のラストを迎える。

おぐりんとともやんの家を訪問ののちに勢いで彼の実家も訪問し再会する。

へんろ後は某福祉系の大学に進学し、一人暮らしを始める。
そのお祝いも兼ねて、その新居にあべっちと訪問する。

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