歩き遍路はホントに修行なのか??
へんろを何年もしている方を見ていて思わずこんな風に思ってしまいました。
いろんな方がいていろんな過去を背負っているのは認めますが
なんのためにへんろをしてるのかわかんない方も結構いましたね。
へんろは苦行か??
一般人に限らず、四国の方の中でもへんろは大変で苦しいものだと
思っている方が多いかと思いますが、はっきりいってそれは誤解だと思います。
へんろは競争ではなく、いつまでに周らないといけないとゆ〜期限もありませんし、
何度も周っても構わないので本人の意思で全てが決められます。
ですからその方のペースやプランでいろんなへんろができるわけです。
ほとんどのへんろさんは1日に30〜40km歩いていますが
これはあくまでも平均ですからその日の体調によっては
当然歩けない日もあったり雨などで歩かない日も出てくるでしょ〜!!
それにへんろに来る方とゆ〜のは自分の意思で来る方がほとんどですから
歩く気満々なわけです。
ただ初めての方ははじめの方はへんろの勝手をしらないので
苦労することはありますが途中で出会うへんろ仲間との情報交換や
同行などにより楽しいと感じてきますのでじきに慣れてきます。
誰かに無理やり行けと言われて行くわけではないのでへんろは当人にとっては
そんなにきついことではないことが多いと思います。
まして歩くのに慣れてくるとそれが標準のスピードになってきて
逆に心地よく感じられてくるよ〜になってきます。俗にゆ〜「遍路ハイ」状態です。
ここまで来てしまうと現実に戻るよりはへんろしてた方が楽だとゆ〜ことが
実感として感じられてしまって家に帰らない方もたまにいます。
へんろをしてたら世間ではぱっとしないとか邪魔者扱いされている方でも
一般人の方からは「大変ね〜」とか「エラいですね〜」といったお褒めの
言葉やねぎらいの言葉をいただくことがありますから本人にしてみたら
へんろやってる方が楽しいわけです。
家にひきこもるよりかは自然の中で一日中歩いている方が楽しいですね
ましてはいろんなとこにもいけますから余計ですね。
中にはホントに人生の不幸を体験されて生きることを真剣に悩んでる方も
いますが、へんろを何年も続けている方の大半は以上の理由から
へんろが辞められなくなってしまったとゆ〜のは多いですね。
へんろはただのい〜わけ?
へんろの中には「托鉢遍路」とか「職業遍路」とかって括られてる方々がいます。
へんろをしているとお寺の門前や人の集まる繁華街やスーパーなどの店先に
立っている方々を目にすると思います。
そんな方々はへんろに来てはまっちゃった方々で四国の方からの
寄付金で一日を暮らしています。
野宿へんろをしてその生活に慣れてしまうといろんなことに執着しなくなってきます。
特に身だしなみやお金に関してです。
ですからお金があっても風呂にも入らずに強烈な臭いのまま
お店なんかに入っていきます。
それと上に書いた、托鉢なんかも平気でしてたりします。
「托鉢」とゆ〜のは基本的に修行の一部として世間では認知されていますが
こ〜いった方の場合は修行とゆ〜にはおこがましいことが多々あります。
端的にいったら物貰いをカモフラージュするために
「俺は托鉢して回ってんだ」っていっている場合が多いでしょ〜!!
へんろさんは基本的に仕事してませんからどっかでお金を手に入れないと
生きていけません。ですから四国にいる限りへんろの格好をしていれば
へんろに同情的な方からはどんなときでも多少なりとも金銭を
いただけますのでそれをたよりに生きているわけです。
ある方は「托鉢なんてはじめはみっともないけどすぐに慣れるよ、
でもこれって意外と大変だよ」といわれたことがありますが
2週目の時に何回も会いましたのでやっぱり楽でやめれないんでしょ〜ね。
とにかく、おおかたの四国人の方はへんろにはとても優しいです。
それが今でもお接待などの文化や伝統になっているわけです。
ですが、それをはじめからあてにしてへんろをしている方々にはあまり賛同はできません。
いろんな生き方があるのは理解していますが
自分の食いぶちは自分で純粋に稼ぐのが四国の方に対しての
お返しになるんではないかと思うんですがいかがでしょ〜か!!
これからもドロップアウトした方が四国に来てエンドレスへんろになって
四国の方を食い物にするかと思うとちょっと悲しくなってきますね。
だからこれをご覧の方はそ〜ならないよ〜に日頃から気をつけて生きて行ってください!!
投稿情報 : 2006/01/29

