へんろ部プチ同窓会 その2
歩き遍路 002日目 2002/09/08 (日) その1
タッチャマン邸に戻り、3人で酒を挟みながら、久々の遍路話が
盛り上がり深夜にまで及んでしまいました。
そのため、翌日起きたのはお昼前、しかもすっかり一般人に
なりさがってしまっていた元へんろ部の面々は、
キビキビとは動けず、全くの腑抜けになってしまっていましたが、
せっかく香川にいるんだからということで、
讃岐うどんを食べに行こうということなりました。
思い返してみると、前回の遍路の時は、讃岐うどんをまともに
食べた記憶がほぼありませんでした。
唯一の記憶は、Mさん宅の手打ちうどんだけ。
だから今回は、しっかり食べたいということになりました。
ところが、当の讃岐人のタッチャマンは、讃岐うどんに全く関心が
ないらしく、お店を知らないと言われてしまいました。
ということで、ついでに善通寺詣でもすることになったので、
途中でどこかにあれば、そこで食べるということになりました。
歩き遍路は四国を歩き倒すので、自分の通った道はほぼ覚えているの
ですが、逆に、歩いていない道は全くわからないので、
うどん屋への道のりは、ジモティーの運転手さんにお任せすることに
なりました。
そうして、こんぴら方面に向かっていると、大きな屋形船が
見えてきました。他に行くのが面倒ということで、
ここで早速讃岐うどんを食べることになったのです。
讃岐うどんを堪能した、元へんろ部の面々は、遍路以来となる
75番の善通寺へ!
相変わらずこのお寺は、バカデカイ敷地に驚かれされます。
そうして、境内を散策していると、前ちゃんが納札入れの上にあった
納経帳とお経巻を発見。つい衝動で中を見てしまう元へんろ部一同。
そうして、しばらくお寺内を彷徨いていると、向こうから
若い歩き遍路さんがやってきました。思わず、声を掛けてしまい
記念撮影までもしてしまう始末。しかも、その彼からMさんのお名前が!
Mさんと言えば、へんろ部とは大変馴染みの深いお方です。
部長は、一週間も世話になるし、私も重たい荷物を預けました、
へんろ部本隊は、大挙してお泊りもしてしまいました。
そんなMさんは今でも、遍路ハンターをされているということで、
お元気であるということを伺い知れてホッとしました。
そんな彼は、明日にはMさん宅を訪問し、数日後には無事に結願する
ことになるでしょう。それはそうと、彼の体は、全身黒々としており
真夏真っ盛りの遍路行の過酷さが伺いしれました。
が、当の本人は、後どのくらいで終わってしまうのかが気になっている
ようで、あと何日終わるのかを我々に聞いてきました。
それを見ていたら、うちらも先輩面して、「オレらもそうだったよ」と
思わず、のたまわってしまいました。
そんな彼を見送りながら、自分の2周目の雰囲気を想像するのでした。
そんな、彼を見送り善通寺を出発して、タッチャマン邸に戻ると、
一通の電話が入りました。
その電話は、私の壮行会を仲間うちで開いてくれるというものでした。
タッチャマンの親友にも面識がある私は、その彼と別のお友達一緒に
飲むことになったのです。早速そこで飲み会が始まったのですが、
そこで、ふとある物が目に入ってしまったのです。
それが、写真の掛け軸です。
へんろ部では、唯一アベッチが掛け軸をしていたのですが、
完成品を見るのは初めてでしたので、ついマジマジと見てしまいました。
これが、遍路に行けない方々が欲しがるという垂涎の掛け軸なのか
ということで、元へんろ部のおバカ三人は、しばらくこれを見ながら、
さらに内輪で盛り上がってしまいました。
そうして、宴の夜は更けていったのでした。
それにしても、掛け軸は確かにキレイだったのですが、
今回、私は納経はしないと決めていたので、
これはここで見納めということになったのです。
投稿情報 : 2011/06/04 | タグ : 09月 , 2002年 , 徳島県 , 遍路ダイアリー






