次は松山へご挨拶!

歩き遍路 003日目 2002/09/09 (月) その1

プチへんろ部同窓会終了

プチへんろ部
同窓会終了

昨日は、宴の締めとして夜中に花火に出かけ、遅くなってしまったの
ですが、しっかりと目覚ましを掛けておいたため、
8時過ぎに起きることができました。

それはそうと、前ちゃんも、これで帰るのは勿体無いということで、
学校が始まる間、プチ遍路する
ということになりました。
ただ、歩き遍路するほどの時間はないとのことで、
どうするかは高松に歩きながら考えるとのこと、
さすがは元遍路、一緒に電車に乗らずに高松駅まで歩いて行くのが、
遍路にはまってしまった悲しい性ですね。
ということで、彼とは、タッチャマンの最寄り駅でお別れとなりました。


高松から7時間で松山へ

高松から
7時間で松山へ

前ちゃんと別れ、一人電車を乗ること約7時間かかり、
次の目的地の最寄り駅に到着しました。
どこに移動したかというと、松山市に来ました。
これから、あと数キロ先に、今日訪ねる方がいらっしゃるのですが、
水がないから途中で水を汲んでこいと注文が入りました。

それから、朝別れた前ちゃんですが、お昼頃に無事に高松駅に
到着したと連絡がありました。今日このあとのことは、
駅でまた考えるとのことでした。
とりあえず、無事についてホッとしました。


今度は松山の48番西林寺詣で

今度は松山の
48番西林寺詣で

16時前に、松山の鷹ノ子という駅についた私の元に一通のメールが
届きました。これから逢いに行く方からでした。
それによると、川に水がないので、水を沢山汲んできてくれという
ことでした。どうやら、途中に名水が湧いているところがあるんだとか。
承知しましたと返事をして、駅をあとにしました。

その途中、48番の西林寺を通るということで、
ここでも、2周目の歩き遍路の安全祈願で立ち寄ったのですが、
月曜だというのに団体さんがおられて、一人隅でお経を唱えたのでした。

すぐにお寺を出発した私は、注文にあった名水百選になっている
湧き水の場所にさしかかりました。が、どうみても地元の方用の、
施設のようで、とても部外者の私には汲めませんでした。
と、私がどうしようか考えているのを見かねた方から声がかかりました。
「あんた、遍路か?遍路だったら汲んでいきな!」
と言われてしまいました。
「明日から遍路です!」とは言えず、「ありがとうございます!」と
お礼を述べ、500mlのペット2本にお水を入れて先に進みました。

ここの湧き水は、弘法大師伝説の一つの湧き水で、有名な場所でした。
だから、歩き遍路さんには、寛大に水を提供されているようでした。


久々のおかんの遍路飯

久々のおかんの遍路飯

そうして、着いた場所は、重信川を渡った対岸の橋の下でした。
先のメールにあった通り、川には、ほとんど水が流れておらず、
渇水状態になっていました。
ところがそんな状況でも、先ほどの湧き水だけは、
水がでまくっていたのは、まさに空海さんパワー恐るべし
といった感じでした。

橋の下のようなところでも普通にテントを張れるのは、
さすが遍路の師匠
です。こういったところはよくご存知で、
私は、四国中の野宿場所データをこの方から教わったのです。

ところで注文の水は、1リットルしか汲めなかったのですが、
そのお水で早速、ご飯を炊き始めたのでした。
もちろんお米は無洗米です!
そうして、約5ヶ月振りとなる遍路擬似家族に戻ったのでした。


温泉でのお約束の88番下駄箱

温泉でのお約束の
88番下駄箱

その後、4月から行った離島の話やら、新しい遍路情報を聞いたあと
そう言えば、近くに温泉ができたということで、
早速データ取りがてらに擬似家族で行ってみました。
もちろん、テントは張ったままです。

橋から約1キロのところに温泉がありました。
当然のことながら、そこには空海さんの石像が立っておられました。
明日から始めるということで、前日の禊が終わり、明日の備えて
夜の10時に寝ることとしたのです。

ところで、タッチャマンの最寄り駅で別れた前ちゃんは、
その後、高松市内で去年お世話になったおばさんにばったり
遭遇し、またお世話になったとのことでした。
そして、おばさんから放置自転車をいただいて、プチ自転車遍路を
すると連絡が入りました。前っちゃんもまだまだ遍路でしたね!


投稿情報 : 2011/06/05  | タグ : 09月 , 2002年 , 徳島県 , 遍路ダイアリー

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